2026-5-12 バーナードのリアリズム

アーサー・コールはインベーションを一部の「天才経営者の持ち物」から時代の要請に対応する「組織的な機能」へと展開させた。それでもこの頃までは、創造性を発揮するのは一部の企業家や経営者層だけだと考えられており、従業員は単なる労働力としての扱いであった。20世紀初頭までの労働者に対するアプローチといえば、テイラーやメイヨーの研究に代表されるように、彼らをいかに摩滅させず効率よく使用するか、という衛生要因に偏ったものであった。

ところが、20世紀半ば以降、労働者はイノベーションの主体、とまで言わずとも、それに近い存在として取り扱われるようになった。例えばドラッカーは「知識労働者の全てがマネージャー」と唱え、イノベーションをマネジメントに関わる全ての人に対する責任と断じている。短期間に経営理論上の大きな転換が行われたことになるが、個人的にはこの間をつなぐのは、かのチェスター・バーナードであろうと思っている。

バーナードは労働者を単なる労働力ではなく、意思も感情もある人間として捉えた。それまでの見方と全く違うのは、「組織は命令だけでは動かない。感情や価値観、納得によって動く」と考えたことである。この考え方に従えば、現場の納得や自発的な協力がないことには、変革を起こそうにも経営者にはその基盤を持たないことになる。つまり、不連続な変化はトップのアイデアだけでは起こせない、というのがバーナードのリアリズムである。

誤解されがちなのだが、バーナードがだから、労働者の自発的な貢献を信じた人道主義者だ、というふうに理解するのは正確ではない。彼は確かに人の「人間的な面」に注目したが、その弱さがあるからこそ指揮命令や管理のシステムは強固にしなければならないと考えた。組織への貢献や自己実現といった要求への理解も、それらを満たしておいてたほうがよく働くから、というリアリスティックな判断の結果に過ぎない。一方的に締め付けてばかりでは現場は反発し、かえって管理コストが上がる。ならば希望や満足感で動かしてやったほうがうまく回るだろう、ということである。このあたり、実際に大企業を経営していたバーナードならではの実務感覚(あるいは腹黒さ)が垣間見える。

それでも、彼のこうした労働者に対するアプローチは、その後の世代に引き継がれていく。先述したドラッカー以外に、マグレガー(X理論・Y理論)やアージリス(未成熟・成熟)、更にはこの後世界を席巻することになる日本型経営も、人は単なる命令受容装置ではない、という前提に立っている。

更に言えば、現代のイノベーション実務に近いのは、むしろバーナード的な世界観である。現場の小さな違和感や気づきを起点に、非公式なネットワークを通じて部門横断の対話が生じ、ボトムアップで新しい価値が生まれていく。イノベーション・マネジメントのISO56000シリーズが推奨するのも、実はそうした変革のプロセスである。

どんないいアイデアも、やれてなんぼ。バーナードのリアリズムは、筆者の行動原理にかなり近い。