2026-5-17 ベッカードの組織開発論①

リチャード・ベッカードは「組織開発」という言葉を世の中に広め、一つの学問領域として定着させた人である。ベニスと同じ20世紀後半を活躍時期とし、互いに面識があった。ベニスが「リーダーはいかにあるべきか」という点に焦点を当てたのに対し、ベッカードは「そうして手に入れたリーダーの力を使って、いかに組織を変えていくか」という方法論に向かったと言える。したがって彼の論は「トップ主導」「組織の全体最適」という主張で一貫しており、また、当時心理学や社会学から発展してきた「行動科学」に基づく科学的なアプローチであった点に特徴がある。

ベッカードが経営学や組織論の歴史において重要視される理由の一つは、「変革の方程式」と言われるモデルを示したことである。

D×V×F>R

これだけでは何のことかさっぱりわからないので一つずつ説明する。

Dはdissatisfaction(不満足)、Vはvision(ビジョン)である。左辺のもう一つ、Fはfirst step(最初の一歩)を示す。右辺のRはresistance(抵抗)である。すなわちこの式は、「現状に対する不満足」と「将来ビジョン」、それに「組織として最初の具体的な行動」、という三つの要素の掛け合わせが「現場の抵抗」を上回った場合にのみ、組織の変革が行われる、という理屈を示している。掛け算であるから、左辺のどれか一つでもゼロになれば変革は成就しない。少しだけベニスに引き付けて言えば、リーダーはビジョンを語るだけでなく、その変革がなぜ必要なのか(現状の不満)を合わせて説明し、かつ組織が実際に動き出すきっかけづくりまでしなければならないということである。

お分かりの通り、極めて実践的なモデルである。現場は「こうなったらいいよね」と言われるより、「このままじゃまずいでしょ」と言われた方が身につまされる。また、成功の要件に「最初の一歩」が入っているあたりは、ビジョナリーカンパニーの「弾み車」や現代のアジャイル経営を想起させ、納得感が高い。

もう一つ、組織開発のプロセスを数式に見立てて示すことで、実践しようとする人たちは「今何が足りないのか」を可視化して考えることができる。リーダーのカリスマ性といった曖昧のものに依存せず、再現可能な科学的手法を志向したベッカードのスタンスがここからも読み取れる。

筆者の支援手法は、どちらかと言えば「D」と「F」重視である。課題が整理できたら細かい手順を決めるより、まず動いてみることをお勧めしている。現場に入って実務を一緒にやってみることも多い。「ここに向かおう」というビジョンはもちろん大事だが、やりながらゴールの絵姿が変わっていくことも多いし、やっている人たちのマインドも変化するので、あまり最初のビジョンにこだわりすぎるのも考えものだと思っている。