2026-5-27 組織の生存本能とどう戦うか
繊維の営業として始まった筆者のサラリーマン人生は、なぜか組織の「異物」としての役回りの連続であった。グループ会社社長、新設の海外営業部門、ショッピングセンターの開発責任者・・・。行く先々で従来システムとの摩擦を起こしてきた。あるいはそういう部分を期待しての人事異動だったかもしれない。
結果は、といえば「何ごとかを成しえた」と胸を張れる業績はほとんどない。組織にささやかな波風を立て、それが波及して好結果になった、という例もなくはないが、その逆もあるから大きなことは言えない。組織の生存本能パワーに敗北し続けてきた、というのが偏りのない見方であろう。
それを「ルーティン」と呼ぶにせよ、「コミュニケーションの連鎖」と呼ぶにせよ、組織を自律的に動かすシステムはもともと善意によって組み込まれたものである。仕事の山に圧倒されれば誰でも、それを効率的にこなすやり方に集中する。いちいちそれぞれの仕事の意味を考えている時間などない。普通はできない仕事量を効率的にこなすため、人と仕事の流し方を最適化したものが「オートポイエシス」の正体である。そこに悪意はない。ただそれは今や、時間とともに生じた環境の変化に適合しなくなっているだけである。
そんなことを考えていたとき、ふと、かつて学んだNLPコーチングの概念を思い出した。「ステムビリーフ」というものである。人は誰でも自分の眼鏡を通して「偏った世界」を見ているが、その積み重ねで「抜きがたい信念」になってしまっているものをこう呼ぶ。これはしばしば人の前向きな意欲を妨げるので、コーチングではさまざまな技法を使ってクライアントの眼鏡をはずし、ステムビリーフの存在に気づかせようとするのである。
今、ルーマンの項目を終えて、ステムビリーフの外し方を思い出す。コーチングでは決して「戦え」とは言わない。「これまで自分を支えてくれてありがとう」と言い、感謝してそこに置いていくのだと教える。古い服を脱ぎ、新しい服を着るイメージだとも言う。ステムビリーフと同様、オートポイエシスも極めて強力な存在である。しかももともとは自分たちが組み上げた武器であり、強い味方だった存在である。今は邪魔になったとしても、まずはこれまでの功績に感謝するのが筋ではないか。
思い返せば筆者の「戦い」には感謝の念が欠けていた。巨大な敵としか見えていないから、本来はその中にある善意にも気づかなかった。組織の変革を願うならまずはそこ、かつては敵ではなかったパワーの正体を見極め、敬意をもって取り扱うことこそ必要ではないかと思う。多くの組織変革が失敗するのは、古いやり方を壊すことばかりに目が行き、かつてそれが何を守っていたかを見失うからなのかもしれない。
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