2026-5-30 アクターとしての1on1ミーティング
アクターネットワーク理論は、組織が本来的に持つ恒常性(何も変えずそのままでいようとする力)に対し、モノであれ制度であれ、何かを具体的に変えていくことで揺さぶりを与えようとする手法である。このやりかたは、単にスローガンを叫ぶよりはるかに効果が高い。「なんでわからないかなあ、何度も言ってるでしょ!」と言う上司は、相手に理解を促す仕掛けや、行動変容のきっかけを何も具体化していないことを自覚すべきである。
これまでのビジネス人生において、私にとって最も有能だったアクターは「1on1ミーティング」である。最も効果を実感したのは40代の初め、親会社から子会社に社長として出向したとき。当時この会社はM&Aからまだ数年しか経っておらず、創業者時代の独特な文化をまだ色濃く残していた。よくあることだが、「頭は社長だけ、社員はみな手足」という役割分担になっており、社内には「指示待ち」の空気が満ちていた。
実は会社のことを慮り、「このままではまずい」と思ったわけではない。この会社は、筆者がそれまで働いてきた繊維業界とはまるで畑違いの商売を営んでおり、社員に仕事を教えてもらわなければ「私がまずい」状態だったのである。加えて、親会社から降りてきた若い社長に社内は興味津々、お手並み拝見という雰囲気も強かった。業務を滞りなく進めるためには、どうしても社員との距離感を縮める必要があった。どちらもあまりレベルの高くない動機である。
忙しい時期ではあったが、就任最初の数か月間を使って、全社員と面談を行った。短くても1時間、長ければ3時間を超えることもあった。話す内容は仕事に限定せず、相手が望むならどんな話題でもOK とした。筆者自身もプライベートなことを含めて、積極的に自己開示をした。
効果は大きかった。面談を終えた社員同士が「あの人、大丈夫っぽい」という情報交換をしたのかもしれない。まず社員から、「社長のくせにそんなこともわからないのか」という表情が消えた。専門的な知識を社長にレクチャーしながらも、より高次な業務上の判断を求めに来るようになった。何よりも、コミュニケーション上の理解不足や誤解による手戻りが激減した。
その後の在任期間には、業務上の判断について段階的に権限移譲を進めたり、社長でなく直属の上司が部下を評価する制度を導入したりと、徐々に別のアクターを導入していったのを思い出す。そういえば、社長室を出て社員と同じフロアに席を移したのも比較的早い時期だった気がする。
もともと筆者はコミュニケーションを重視するタイプではなかった。どちらかといえば、会議や打合わせは時間の無駄、と思っていたほうである。しかしこの経験があってから、「密なコミュニケーションは仕事の効率を上げる」ということに気がついた。半ばやむを得ず導入したアクターが組織を変えたばかりでなく、導入した筆者自身も変えたのである。こうした経験もあって、筆者はその後現在に至るまでコーチングに関する勉強を続けている。
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