2026-6-10 行為の処方箋
マルタ・フェルドマンとブライアン・ペントランドによる組織論・経営学の文脈では、「行為の処方箋」はルーティンを再定義する言葉である。二人は組織のルーティンを「機械的で不変の作業手続き」ではなく、柔軟な変化を促す動的なシステムと捉え直した。
彼らによれば、ルーティンは「表出的な側面」と「実行的な側面」に分けることができる。
「表出的な側面」はルーティンに対する一般的な理解に近い。組織メンバーの頭の中にあるガイドラインやマニュアルのようなものである。これは仕事という漠然とした概念を「具体的には何をしたら良いか」という行為に落とすために必要な道具であり、彼らはこれを「行為の処方箋」と呼んで積極的に評価する。
もう一つの「実行的な側面」は、ある特定の局面で、人々が実際にその作業を行う具体的な行動を指す。処方箋がどんなにきれいに書かれていても、実際の現場では顧客の急な要望、予期せぬトラブル、あるいはメンバーの体調などによって常に状況が変化する。そのため、実際の行為は多かれ少なかれ即興や工夫を伴うものであり、一から十まで処方箋通りに行われることはまずない。
彼らの理論が画期的なのは、ルーティンのこうした「表出的な側面(処方箋)」と「実行的な側面(具体的な行為)」がぐるぐると循環し、組織を自律的に変革させていく、と示した点にある。最初は処方箋を参照して動いても、現場では状況に応じてアレンジが行われる。そのアレンジがうまくいけば、処方箋そのものがアップデートされ、組織自体が学習し変化していく、ということである。
このルーティンの二面性、すなわち「人々の行動をガイドする枠組みでありながら、現場の実践によって常に書き換えられ、組織が学習・進化していくためのエンジンでもある」という定義は、それまでのルーティンに対する考え方を一変させた。この定義に従えば、ルーティンのカタマリである官僚制組織さえ、ルーティンの実践を通じてさまざまな成果を創出しうる組織構造となりうるのである(この部分に関し、本当か?と問われると、今のところ筆者は説明できる事例を持っていない)。
お気づきの通り、フェルドマンとペントランドとのこの説も現象論哲学や実践論的転回の流れを汲んでおり、考え方としてはアクターネットワーク理論やSECIモデルの描いた「組織のダイナミズム」と軌を一にする理論である。また、オートポイエシスの考え方とは一見相容れないように見えるが、組織を自らを維持・更新するための自立的なシステムと見る捉え方は実は共通している。違いは、その頑固さとしなやかさのどちらを強調しているか、というところだけである。
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