2026-6-15 失敗の本質
野中郁次郎と聞くと「失敗の本質」を思い浮かべる人も多いであろう。SECIモデルを世に問うた「知識創造企業」より前の、1984年に発刊されたベストセラーである。大東亜戦争における日本軍の失敗について冷徹に分析したこの著書は、イノベーティブな「知の創造」をポジティブに語るSECIモデルと、一見すると180度違うテーマのようにも思える。しかし、現象学や知的コンバットの文脈から読み解くと、この2冊が共通のテーマを扱っているものだとわかる。これらはいわばコインの裏表の関係にある。
「失敗の本質」で繰り返し描かれる日本軍失敗の原因は「空気(同調圧力)」が支配する組織風土である。先輩や上司の顔色を窺い、階級の上下が絶対視されたため、現場のリアルな現実(現象学的な事実や現場感覚)に基づいた本質的な議論が行われなかった。また、陸軍と海軍、あるいは中央の参謀と最前線の部隊の間で致命的な意見の対立がありながらそれが放置された。
もう一つ、日本軍の失敗は、ミッドウェー海戦やガダルカナル島での敗北に見られるような「現場の変化に対する無関心」である。中央の参謀たちは過去の教科書通りの「形式知」にこだわり、最前線の兵士たちが置かれた泥沼のジャングルや敵の圧倒的な物量という「身体的なリアル」を無視した。危機を伝える報告は刻々と上がってきていたにもかかわらず、である。
これらに共通するのは「知的コンバットの不在」である。見えている景色の違いを同調圧力や情緒的な人間関係でうやむやにする組織、あるいは現場から得られた身体知(暗黙知)を無視する組織はこうなるよ、といういわばダークサイドを描くことで、野中は逆説的にSECIモデルの重要性を示したかったのではないかと思う。
おそらく野中にとって「失敗の本質」は、日本人が陥りやすい組織の病を抉り出す試みであった。そして、その病を乗り越え、日本企業が変化の激しい国際市場で生き残るためのツールとして、後に提示されたのがSECIモデルである。まず闇が描かれ、そこから光の理論が生まれた。そう考えると、日本の誇る偉大な経営学者の思考経路に少し近づけたような気がする。
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