2026-6-17 実践論的転回が導くパラドックスの解消①

「埋め込まれたエージェンシーのパラドックス」を解消する方法として3つの仮説があることを前回紹介した。このうち「複数の制度の衝突」と「外部的なショック」は外的な要素が強く、組織を変革に導く手法としては能動性に欠ける。ここから何回かは、最後の仮説である「実践からの揺らぎ」について、実務にどう落とし込むかという観点から考えてみたい。

実践論的転回の視点に立つと、制度を変える特別なリーダーシップ(外部からのエージェンシー)は必ずしも必要ではない。日々の実践の「ズレ」そのものが既に変革のエージェンシーである、という論理が成り立つ。現場の人間がその時々の状況に合わせてマニュアルをアレンジして運用する、あるいは、組織のマニュアルを個人が自身の「暗黙知」に従って実践し、それがうまくいくとそれが新しいスタンダードになる、といったことが変革のエージェンシーになる。以前に紹介した無印良品の「MIJIGRAM」は、継続的にエージェンシーを発生させるための「ルーティン」と言える。人が制度の中に埋め込まれているからこそ、その制度の実践を担う内側の「人」にしか制度は変えられない、という、ある種の「パラドックスの反転」である。

これを現場の「あるある」に落とし込んでみよう。経営陣が「変われ」と大号令を発しても、現場は従来のルーティンをかたくなに守り続ける。多くの組織が直面する典型的なパラドックスの構図である。こうした場合、経営陣は動かない現場を見て「意識が低い」「現状維持バイアスに囚われている」と、個人のマインドセットのせいにしがちである。

しかし、現場にとってみればルーティンとは、長年の成功体験や組織の歴史によって培われた「正しいマニュアル」である。彼らにとって既存のルーティンを回すことは「さぼり」ではなく、職務を全うするための最も正しく合理的な手段に他ならない。ルーマンの言う「オートポイエシス」そのものである。

だから、意識改革を叫んで研修をしたり、危機感を煽ったりしても身体に染みついた暗黙知は変わらない。まずはこの構造を理解し、現場を「悪者」や「抵抗勢力」と捉える前提そのものを捨てる必要があるだろう。

<関連記事>

2026-6-16 埋め込まれたエージェンシーのパラドックス

2026-6-11 処方箋としてのMIJIGRAM(ムジグラム)

2026-5-25 オートポイエシス