2026-6-24 反射的実践者②
エドガー・シャインのプロセス・コンサルテーションとは、クライアントと対等な立場に立ち、「答えを持っている人」ではなく「問題解決のプロセスを伴走する支援者」としてふるまう手法であった。このアプローチはまさにショーンの反射的実践者(リフレクティブ・プラクティショナー)そのものである。クライアントとの対話という泥臭い「実践(Practice)」の中に、「今、この組織のメンバー間でどんな力学が働いているか」をリアルタイムで察知し、その場で問いかけを変えていく。シャインの研究分野は組織開発だが、反射的実践の手法はその分野に限らず、あらゆる対人支援の場面で応用可能なスキルと考えられる。
同様に、野中郁次郎のSECIモデルにおける支援者も、ただ本を読んで知っているだけの知識人ではない。現場で戦わされる知的コンバットの修羅場に身を置きながら、動きつつ直感を研ぎ生ませていく反射的実践者と言える。
ショーンは、プロフェッショナルが持つ知識とは、頭の中の暗記物ではなく「行為の中の知(Knowing-in-Action) 」であると定義した。このあたりがいかにも「実践的転回」の直系っぽいのだが、例えば「自転車の乗り方を言葉で説明できなくても、身体は乗り方を知っている」といった状態、つまり「知識が体に埋め込まれている状態」こそがプロとしての姿だと考えていたのである。血肉の一部になっていればこそ、知識は現場で反射的に使える武器となりうる、ということであろう。
ショーンもシャインも野中も、アプローチの切り口は違えど、言っていることの本質は同じである。
「正解を教えるのではなく、伴走する存在であれ」
正論を上から振りかざすのではなく、現場の泥臭い実践の中に一緒に潜り込み、そこで生じる一つ一つのイベントにリアルタイムで反応しながら、相手の「暗黙知」を「形式知」に描き直してみせる。これこそが、実践的転回の時代を経た現代における、最もパワフルなプロフェッショナルの姿だと言えるのではないか。
こう考えてくると、独立開業の際、屋号に「Biz Patterner」を選んだ自分の感覚はあながちズレてはいなかったと感じられる。そこにはそれらしい言葉で飾られた空疎な経営指導ではなく、不格好でも経営者と一緒にカタチにしていく、という自分のスタイルへの思いが確かに込められているからである。
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