2026-7-23 組織の中で新しい知識はどう生まれるか

前回は「人は混乱した状況をどう理解するか」というワイクの理論を説明した。つまり「意味が生まれる瞬間」の話である。ではその意味をどう他者に伝え、腹落ちしてもらうのか。ここは我が敬愛する野中郁次郎先生の出番である。

そもそも、ワイクのセンスメイキングも、頭で理解するだけでなく、経験を通じて意味が形成されるという考え方である。ただ、ワイクが言及しているのは「個人や集団が意味づけをする」ところまで。その意味を組織知に昇華するやり方については「ストーリーで伝える」程度の記述しかない。だが、本当の腹落ちは「身体知」である。野中の「知的コンバット」はここで使うべき宝刀であろう。実際、ISO56000にも「Dialogue」「Co-creation」「Learning」といった言葉で「対話」は山ほど出てくる。つまり、知識は一人で考えて出てくるものではなく、対話で磨かれるものだという思想である。

「共同化→表出化→連結化→内面化」。あまりにも有名なSECIモデルだが、これだけ見るとどうしても単なる「手順」に見えてしまう。実際には、野中の真骨頂はこのシンプルなモデルに隠された激しい認識の揺さぶり、すなわち「知的コンバット」にある。

例えば、である。営業が「顧客はこの数量で欲しいと言っています」と言う。製造は「そんな作り方をしたらコストが合わない。大規模生産こそ当社の強みだ」と言う。最初は全くかみ合わない。激しいやり取りを続けるうちに、営業は製造が持つ品質へのこだわりを実感し、製造はもう市場が変わってしまったことを理解する。これが「腹落ち」であろう。イノベーションを生むためには、リーダーのナラティブ能力も必要だが、現場間の泥臭い議論も欠かせない要素である。

実は知的コンバットの真の目的は、相手を納得させることではなく、最初は双方が持っていなかった「新たな理解に到達すること」だとされている。ヘーゲルの言う「アウフヘーベン(止揚)」である。そういう意味では、知的コンバットを「互いの腹落ちを通じて、新しい意味を共同で構築するためのツール」と定義することも可能であろう。こうして生まれた新たな「センス」は、不確実な環境に立ち向かうための最強のお守りになるはずである。

野中の理論は直接イノベーションに言及したものではない。しかし「知識創造」の文脈でイノベーション研究の系譜に位置付けることが可能である。実際このパーツがないと、筆者の「イノベーションシリーズ」はどうもおさまりが悪い。

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