2026-7-24 探索と利益は両立できるか

なぜ多くの会社は新しいことに挑戦できないのか。筆者の経験でも、「新規事業開発部」的な部署が創設されては解体される、といった会社の事例をいくつも見聞きしてきた。これは経営者が悪いのか、過度に保守的な頭がそうさせるのか、それとも単に忙しいのか。

「両利きの経営」を提唱したジェームズ・マーチは、そうは言っていない。彼は、「探索しないことが合理的な経営判断だから」と喝破している。少し考えてみよう。

今日100万円の利益が出る仕事と、5年後に1,000万円の利益が出る(かもしれない)仕事があるとする。5年後の仕事が実を結ぶ確率を仮に10%としよう(実際に新規事業を手がけた経験から言うと、現実の確率はもっと低い)。5年後の期待利益は100万円である。これに資本コストの割引率を適用すれば、期待利益の現在価値は数十万円、どう見ても「今日の仕事」の勝ちである。実際にこんな計算をしている人はいないだろうが、経営者は皆、このことを肌で理解している。

マーチはこの「少なくとも短期的には探索しないほうが得」という現象を「コンピテンシートラップ」と呼んでいる。既存事業を深掘りすること(知の深化)は、既存知の活用なので見通しの確実性が高く、その上コストも安い。経営者にとって新規事業のタネを探すこと(知の探索)はリスクなのである。ところが、既存事業の深掘りばかりやっているといつの間にか市場が変わる。強みが通用しなくなる。これが「トラップ」である。

マーチはフェアである。だからと言って「探索」を一方的に礼賛していない。探索だけやれば会社はつぶれる。利益がないから。けれども深化だけやれば会社は衰退する。市場が変わるから。だから結局は資源配分、バランスの問題である。「両利きの経営」をかいつまんで言うと、こういうことになる。実はISOにも「Portfolio(ポートフォリオ)」「Resource allocation(資源配分)」という言葉がしばしば登場する。

では現実問題としてどうすればいいか。解の一つは「探索の確度を上げること」であろう。ここではドラッカーが名付けた「確定した未来」という考え方が役に立つ。最も見つけやすく、大きな機会である。例えば「人口減少」「猛暑」「脱炭素」「デジタル化」「労働力不足」・・・これらは皆、明日起きるかどうかわからない出来事ではなく、「起きることがほぼ確実な未来」である。こうした現象に対し、手が届きそうなテーマを探索する。経験則では、自社の既存事業からかけ離れたものでないほうが良い。技術でもチャネルでもどちらでも良いが、自分たちの強みの隣を探索する。「がんばれば手が届きそうな」テーマである。

もう一つの解は、「小さく試す」である。確定した未来が見えても、何を作ればいいかまではわからない。そこは小さく試して外部に働きかけ、自社にとっての意味を作る。イナクトメントとセンスメイキングである。それでなくてもリソースは限られている。ドラッカーの言う「半分」は現実的でない。既存事業にダメージを与えるほどの資源を割いてはいけない。

イノベーションとは、遠い未来を予測することではない。「確定した未来」を見据え、自社の強みを生かせる領域で、小さな探索を繰り返すこと。その積み重ねが、やがて新しい事業になるのだと思う。