2026-7-29 ブレドーの弁証法的アプローチ

ロナルド・ブレドーらによる「イノベーションに対する弁証法的アプローチ」は、言葉は小難しいが非常に示唆に富む理論である。また、この考え方はイノベーションだけでなく、企業の中のさまざまな場面で応用可能である。少し辛抱してついてきていただきたい。

まず「弁証法」である。なじみのない方のために簡単に説明すると、「あえて対立する意見をぶつけ合うことで、より高次元の新しいアイデアを生み出そうとする考え方」である。「テーゼ」とか「アンチテーゼ」と言う言葉は耳にしたことがあるだろう。アレである。17世紀から19世紀ごろにかけて、ヘーゲルなどの哲学者が発展させた思考のフレームワークである。

会社の中でA案かB案かでもめる、ということはよくある。この時どちらかを選ぶのではなく、両方の良いところを取り入れて一段上の「C案」を見つけ出す、ということも多くの方が経験しておられるだろう。この進化させるプロセスのことを「止揚」あるいは「揚棄」(ドイツ語ではアウフヘーベン)と言う。

話をブレドーに戻すと、彼らの言い分は「もともとイノベーションって弁証法的なものだよね」というものである。確かにそういう部分はある。例えばマーチの「両利きの経営」。知の探索と知の深化は互いに相容れない。どちらかに力を入れればどちらかが手薄になる類の関係にある。フォードやアマビールの環境づくりにしても、「自律」と「指示・管理」はともに必要で、しかも対立する概念である。そもそもアイデアそのものが「発散」と「収束」という真逆のプロセスを繰り返して生み出されるものである。彼らはこの対立関係を、イノベーションを生み出すために不可欠な相互依存関係と定義している。邪魔者ではなく、これこそがイノベーションを生み出す装置だと言うのである。

イノベーションがもともと二律背反的な事象なのだとすれば、この対立をうまくマネジメントすることが成否を分けるカギになる。彼らが導き出した手法は「動的移行(ダイナミック・シフティング)」と名付けられたが、内容的には「止揚」そのものである。先ほどの例で言えば、「探索する部署」と「効率化する部署」を分けるのではなく、同じ部署で状況に応じて探索と深化を行きつ戻りつする。開発部署なら、あるタイミングでは自律性を高め、必要に応じて規律を差し込む、といった感じになる。

面白いのはこの弁証法的アプローチ、個人の感情の中でも働くと言われている。問題意識や不満といったネガティブな感情から、状況が好転してポジティブな感情にシフトするとき、非常に高い創造的エネルギーが生まれることが後の研究で指摘されている。

会社の中で起こる混乱や意見の衝突は決して障害ではない。個人の悩みすら邪魔者ではない。適切にナビゲートすることができれば、画期的な解決策を生み出すエンジンになる、というのがブレドーの弁証法的アプローチの根幹である。もっとも、その「適切にナビゲート」ほど難しいこともないのだが・・・。それでもまあ、何かもめ始めて剣呑な雰囲気が出てきたときに「ああ、これでもっといいアイデアが出るかもね」と思い直してみるだけで、少し冷静になれるかもしれない。巻き込まれて熱くなりすぎなければ、対処の方法はあるものである。