2026-8-12 アイデアが出たら、まず一人の顧客に聞く
前回、SWOTを使って戦略の方向性を考えた。「この商品ならいけるかも」「このサービスは面白そうだ」というアイデアがいくつか出てきたかもしれない。教科書的には、ここで市場性や収益性、実現可能性等を評価し、アイデアを絞り込む。ただ、中小企業では、精密な評価表を作る前にやることがある。それは、「まず一人のお客様に聞いてみる」ことである。
一人の顧客を深く理解し、そこから商品やサービスのヒントを得る考え方は「N1分析」と呼ばれる。これは大企業も使う手法であるが、実は中小企業のほうが圧倒的にやりやすい。なぜなら、中小企業の経営者は、「誰が熱心な顧客なのか」「誰がが本音を話してくれるのか」を知っているからである。経営者自身が「話を聞くに値する人」を選べる。これは大きな強みである。
もちろん大企業には顧客データがある。購買履歴、利用頻度、属性やアンケート結果などから、インタビューの対象として最もふさわしいであろう人を選ぶことができる。しかし、その選んだ顧客が「どれほど商品に思い入れを持っているか」「どの程度自社に愛着を持っているか」といったことは、数字だけではわからない。つまり、相手の「エンゲージメントの質」が見えにくいのである。
顧客を選んだ人と、実際に話を聞く担当者が別々であることも多い。そのため、選ばれた一人が本当に聞くに値する人なのか、ここでも判断が難しくなる。
一方、中小企業の経営者は、顧客と直接会っている。「この人は昔から厳しいが、本当に良いものなら必ず評価してくれる」「ここは発注量こそ多くないが、新しい提案への感度は高い」・・・こうした情報は顧客データには載っていない。経営者の蓄積してきた「身体知」である。したがって「最も示唆が得られそうな一人」を選ぶことはそれほど難しくない。ここに大企業が真似しにくい優位性がある。
お分かりになるだろうが、売上が一番大きい顧客を選べばいい、というものでもない。率直な人、自社のことを思ってくれている人、狙いたい市場の近くにいる人・・・「最近買わなくなった人」とか「意外と買ってくれないお客様」も良い。要は典型的な顧客を選ぶのではなく、「自分の思い込みを揺さぶってくれそうな人」を選ぶことである。
話をするときは、いきなり「こんな商品を考えているのですが、欲しいですか」と聞いてはいけない。それでは相手は気を遣って「いいですね」と答えてしまう。聞くべきなのは「最近どんなことで困りましたか」「どうやって対処していますか」「本当はどうなれば助かりますか」といった、「相手の現実」である。その話と、自社のアイデアがどこでつながるかを考える。アイデアそのものを持ち出すのは、その相手の現実を引き出したあと、困りごとを解決できるかという文脈においてである。
もちろん、一人の顧客に聞いたからといって、市場全体の需要が証明されるわけではない。N1分析は統計調査の代わりにはならない。目的は、経営者の「肌勘」を揺さぶること、である。期待通りの反応が返ってくることもあるし、違う切り口の課題が見えてくることもある。アイデア自体が不要だとわかることもあるかもしれない。それはそれでよい。一人の顧客の具体的な経験から、次に考えるべき問いを見つけることが成果である。
「この人なら自分の思い込みを揺さぶってくれそうだ」と思える人を一人選んで、30分話を聞いてみてほしい。
今回の宿題は、答えをもらうことではない。その人の現実に触れ、アイデアを揺さぶることである。

